【明智光秀の出生の地?】滋賀県犬上郡多賀町の十二相神社を訪れて
2020/05/24
今回は滋賀県の多賀町に鎮座する十二相神社を紹介します。
十二相神社は、犬上川沿いにある、佐目集落の小高い森の中にあります。
最近、私も知ったのですが、ここは戦国時代の武将の明智光秀の生誕の地とも言われています。
江戸時代の古文書『淡海温故録』に、そのように記されているようです。
この神社の近くに明智光秀の住んでいた屋敷があったそうで、十兵衛屋敷跡として整備が進んでいました。
実は、明智光秀の出生の地といわれているところは、他に岐阜県の恵那、可児など5ヵ所が明智光秀の出生の地といわれています。
そして多賀町佐目が6番目に名乗りをあげたということです。
本当の出生の場所は何処なのでしょうか。
私が、この神社を知った時、不思議なシンクロが起こりました。
私的には、多賀町と明智光秀は、深い関係があるのではないかと思っています。
そして、十二相神社に明智光秀の魂が宿っているような気がしました。
そんな経緯で、十二相神社を参拝することになりました。
私たちは、米原の駅から、車で多賀町佐目を目指しました。
車で30分くらい走ると、佐目の集落があり、十二相神社の鳥居が目に入りました。
駐車場を探したのですが、見当たらないので、ご近所の方の承諾をえて、車で鳥居をくぐり、境内の横にあるスペースに車をとめました。
車を降りて、本殿に向かうと、大きな杉木が見えて、凛とした波動を感じました。
本殿は小高い山の斜面にあります。
ご祭神は少名彦命です。
本殿の正面両側には、樹齢500年から1000年と言われる杉木があります。
物凄く波動の高い神社です。
本殿には、12個の灯りが置いてあります。
12という数字は、仏教では薬師如来を守護する存在を十二神将といい、薬師如来が12の誓願をたて、衆生の救済を行っています。
安倍晴明をはじめとする陰陽師にとって必須の占術も十二天将です。
また、1年は12か月、1日は24時間【午前、午後12時間×2】と年月、時間も12が基本になっています。
星座も12星座、干支も十二支、キリスト教も12人の使徒、ギリシャ神話も12神など12はとても神聖な数字なのですね。
暫しの間、神社の波動を感じながら、鎮守の森で森林浴を楽しみました。
レインボーのエネルギーに包まれました(*^^*)
特に明智光秀からのメッセージは受けませんでしたが、神社の清い波動を感じて、明智光秀も同じ波動を持つ人だったのかな~と、
少し連想しました。
明智光秀というと、本能寺の変で織田信長を討ったことから、反逆者というイメージがありますが、私は違うと思います。
とても清く、曲がったことが嫌いな人格だったように感じます。
本能寺の変も、曲がったことを許すことが出来ず、起こしたのかもしれませんね。
私たちは、本殿の前で祝詞を上げ、神社の波動を沢山受けてこの神社を後にすることにしました。
帰り、参道に桔梗の花が咲いていました。
美しい紫色で綺麗でした。桔梗と言えば、明智家の家紋ですね。
やはり、この神社は、明智光秀と深い関係がありそうです。
桔梗の花は、五芒星の形をしています。五芒星は、西洋、東洋をとわず、魔よけの効果があるとされています。
安倍晴明も清明桔梗を陰陽道の魔除けとして用いていました。
昔から、自分の身を守るために魔よけのシンボルとして使われてきたのですね。
十二相神社の波動は、凛として澄んでいるので、魔よけや邪気払いの効果もありそうですね。
素晴らしい波動の神社でした。
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