(2019 桜) 小河内神社、奥多摩の自然を感じる聖地巡礼の旅
前回の記事の続きです。
日原鍾乳洞の後、奥多摩の小河内神社を訪れました。
本当に奥多摩は自然が豊かです。
今回、2回目の奥多摩の旅ですが、とてつもないパワーを感じました。
小河内神社は、東京都西多摩郡に鎮座します。
御祭神は、天照皇大神、広國押武金日命、伊弉那美命、貴船大神、大山祇神、
火産霊神、速玉男命、事別之男命、高皇産霊神、熊野三神、加茂別霊神です。
小河内貯水池建設の為に水没した旧小河内村に祀られていた、九社(十一祭神)を祀っています。
小河内地区の鎮守神であり、敬神行楽の浄地として、また東京都の用水の護り神として祀られています。
私は小河内神社を参拝し、「敬神行楽の浄地」ということを強く実感しました。
「敬神」とは、その漢字の意味の通り、神をうやまうことです。そして「行楽」とは、山野などに行って、自然と遊び楽しむことです。
奥多摩湖の突き出た小高い山の上にあります。奥多摩湖のちょうど真ん中あたりになるそうです。
最初、小河内神社の駐車場らしきものは見当たらず、車をとめて、そこから坂道を5分くらい歩くことになりました。
ここからの景色は本当に最高ですね。
その坂道には桜がとても綺麗に咲いていて、そして下の景色を見ると奥多摩湖が広がっています。
桜のピンク色と湖のグリーンが絶妙にマッチしています。
本当にこの道でいいの?と迷いもありましたが、何とか小河内神社の鳥居に到着です。
鳥居を潜ると、長い急な階段があります。
天気も良く、ふわふわと浮いていような感覚で、景色を楽しみながら小河内神社の本殿へ向かいました。
その間、物凄く気持ちが良く、まさに時空をこえ異次元の中を歩いていました。「敬神行楽とは、まさにこの状態をいうのだ」と思いました。
小河内神社の本殿の前に立つと、神の風格を感じました。
ここに宿る神々が、自然を通して、私の中に入って来るのを感じました。
本殿の前で合掌し、神々を感じさらに、そこより少し高いところにある小さな祠をお参りしました。
この辺りのご神気はかなり強いですね。
奥多摩湖のエネルギーが流れ込んでいます。
ここで祝詞をあげ、暫し、ここの自然の波長に浸っていました。
天界の光も強烈に降り注いでいます。
ここは、小河内神社、奥多摩湖の自然と一体になれる場所です。
エネルギー的には、パワーはあるけど、とても優しい眠たくなるような女神のエネルギーです。
あまりにも気持ちよくて、意識がとびそうになりました。
高次元エネルギーにつながると、いつも眠たくなります。
まさに隠れパワースポットだと思います。
しかし、ここ奥多摩湖は、ダイナミックな神聖なパワーもありますが、ダム建設にあたり犠牲になった方も多いそうです。
奥多摩湖は、東京都水道局が管理する人造湖です。
昭和初期に、小河内村がダム建設地に決まり、小河村の人々は強制移住を余儀なくされ、小河村は湖底に沈んでしまいました。
そんな犠牲になった方たちの想いも、まだ奥多摩湖にエネルギーとして、少し残っているような気がします。
何だか怖いくらいに美しい、エメラルドグリーンに光り輝く奥多摩湖。
奥多摩湖の自然の美を堪能した半面、何だか悲しい気持ちも湧き出てきました。
小河内神社の祠では、そんな色んな方の奥多摩湖の想いを、小河内神社の神々たちが優しくそっと包み込んで下さっているかのような、とても温かい母性的なエネルギーを感じました。
私達は小河内神社を後にし、山梨県の丹波山温泉『のめこいの湯』に寄ることにしました。
この温泉は、駐車場から吊り橋を渡った先に温泉施設があります。
『のめこい湯』温泉は、山梨の大自然の中にある多摩川源流に湧く名湯です。
お水が本当に綺麗なんです。
私は、お水が綺麗だと嬉しくなります。
「のめっこい」は丹波山村の方言で、「つるつる、すべすべ」という意味だそうです。
名前のとおり、温泉の後は肌がつるつる、すべすべになります。
泉質は単純硫黄温泉。ほのかに硫黄の臭いがするお湯で、神経痛や筋肉痛、冷え性や疲労回復にも効能があるそうですよ。
奥多摩はお水が綺麗なので、温泉は外れがないですね。
奥多摩の水を守って下さっている神々たちに感謝です。有難うございます。
温泉の後は、東京の羽村のお寿司屋さんへと向かいました。
『やよい寿司』で握り寿司を頂きました。
ネタが新鮮でおいしかったです。
海の恵みに感謝ですね。
『やよい寿司』は、落ち着くお店で、ゆっくりできました。
私たちは、聖地巡りをしている時、山、海、川、水流、光、森、樹木、空、空気、太陽、月、風、岩、花など、その場所の自然に意識を合わせるようにしています。
一番大切なことはそこの自然を感じるということです。自然と合わせる意識を持つという事が大切です。
自然こそが神です。
私達、人間は自然(神)と共に生活をしています。
そして、私たちの生活があるのは、自然(神)からの恩恵によるものです。
自然の恵みがなくては、私たち人間は生きることができません。
また、自然は私たち人間に多くの事を教えてくれています。
自然への感謝への気持ちを決して忘れてはいけませんね。