【敦賀の金崎宮と天満宮】戦国武将の想い「自分を生きる」
2021/08/01
今回は敦賀の金崎宮、天満宮を紹介します。
金崎宮は、敦賀湾に突き出した小高い丘、金ヶ崎山(金ヶ崎城跡)の麓にあります。
金ヶ崎城といえば、金ヶ崎の戦いで織田信長軍が浅井軍と朝倉軍の両方からはさみ撃ちにされながらも、難を逃れたということで有名です。
そのことから金崎宮は『難関突破』の御利益があるそうです。
戦国武将たちの想い
この金ヶ崎の戦いで最後尾しんがりを務めたのが、明智光秀、木下不二吉郎(豊臣秀吉)だと言われています。
明智光秀や秀吉、家康の活躍により、信長は絶体絶命の危機を乗り越えることができました。
織田軍が越前に攻め入ろうとした時、浅井長政の裏切りの報告が入ったと言われています。
これまで同盟を結んでいた浅井長政が敵の朝倉氏に寝返ったのです。
織田信長、絶対絶命の危機!!!
金ヶ崎での撤退を余儀なくされました。
このことはNHK大河ドラマ『麒麟がくる』でも放送されていましたね。
その後の『姉川の戦い』織田、徳川軍対浅井、朝倉軍の決戦で、織田信長が勝利しました。
この姉川の戦いで、浅井長政は大切な方を亡くしたようです。
私たちは今年の春に、小谷城の麓にひっそりと涌く秘湯『須賀谷温泉』、姉川に行ってきました。
『須賀谷温泉』は、戦国時代、信長の妹のお市や浅井長政が湯治に通ったと言われる名湯です。
当時、戦国武将たちが、この温泉で傷を癒したと言われています。
私は温泉に浸っていると、浅井長政の想い、お市、浅井三姉妹の想いが伝わってきました。
そして、スサノオ神社、十一面観音へと導かれ、その流れで姉川に行ってみることにしました。
浅井長政は、信念をしっかりもった真面目な武将だったようです。
勝ち負けではなく、一本筋が通っています。
どちらも世間では負け組とされていますが、負けた戦国武将の中には、信念を通したが故に、戦では負けた場合がありました。
多くの武将は自分が権力を得たいとか、頂点に立ちたい故に戦をしていましたが、信念のある武将は少し違いますね。
明智光秀もそうだと思いますが、
常に国造りや家臣や家族のことを考え、自分の取るべき道を探していました。
浅井長政は、今も姉川の戦いで亡くなった家臣のことを心配していました。
長政が寝返ったのは、恩義のある朝倉家を攻撃しないという約束を、最初に信長が破って朝倉を攻めたからです。
約束を破ったことは、信長も仕方のなかったことかもしれませんが、
長政は「朝倉への不戦」を条件に織田信長と同盟を結びました。
今回の寝返りは、長政が一方的に悪かったのではありません。
苦渋の決断で仕方なかったのです。
長政はとても義理人情が深く、曲がったことが許せない人だったのでしょう。
この決断は長政にとって、とても辛かったと思います。
長政は妻であるお市や娘たちのことを、とても愛していました。
またお市も、長政のことをとても愛していたと思います。
話を金ヶ崎に戻します。
天満神社
先ず導かれたのが、麓に鎮座する天満神社です。
天満神社、素晴らしい波動の神社でした。
ご祭神は菅原道真です。
特に本殿の前に立つと凛とした黒龍の波動を感じました。
本殿の繊細な彫刻が素晴らしく思わず見とれてしまいました。
とても印象深かったので、後で調べてみると
天満神社の拝殿、本殿は、昭和35年に滋賀県彦根市に所在した佐和山神社の社殿を譲り受け移築したものだそうです。
彦根の佐和山の麓にある神社仏閣は、日光東照宮を造営した甲良大工を使って建てられているので、日光東照宮に似ているんですよね。
なので、天満神社の拝殿、本殿が鳳凰、獅子、龍、波などの模様の繊細な彫刻でとても素晴らしいのも納得です。
天満神社の境内に『七面いなり神社』がありました。
そして、金ヶ崎山に向かいました。
金ヶ崎山の金崎宮・金ヶ崎城跡・月見御殿
駐車場から坂道を歩いて上がり、先ず金ヶ崎山の中腹にある金崎宮へ行ってみました。
金崎宮の御祭神は、後醍醐天皇の皇子である恒良親王・尊良親王です。
御祭神の尊良親王と御匣殿(みくしげどの)の恋が実ったことから、別名『恋の宮』とも呼ばれ
縁結び・恋愛成就のパワースポットになっています。
尊良親王は、御匣殿へ一千通以上の恋文を送ったそうですよ。素敵ですね。
金崎宮をお参りし、本殿の左手のある坂道を上がっていくと、敦賀の街並み、山、海など素晴らしい景色が見渡せます。
この坂道は、恋人と一緒に将来を確かめ合う方も多く、幸せの小道だと言われています。
そして少し上がると金ヶ崎城で自刃した尊良親王御墓所見込地がありました。
この辺りに金ヶ崎城があったのでしょうか。
そして更に上がり月見御殿へ行ってみることにしました。
昔は、ここで月見をしていたのでしょうか。
ここからの景色は最高ですね。敦賀湾を一望できます。
月見御殿は『月見崎』とも呼ばれていて、戦国時代にも武将などが月見をした場所です。
武将たちは、どんな想いで月見を楽しんでいたのでしょうね。
私たちも今回金ヶ崎に行ってみて、戦国武将たちの想いをひしひし感じさせられました。
この一連の小旅行に隠されているテーマに気付きました。
そのテーマは「自分を生きる」です。
簡単そうで難しいことです。
仕事をしていれば、会社や上司など権力を持つ人に反くのが難しく、自分の意見を呑み込みことがあります。
また、世間の常識があり、自分の個性を隠さないとならないこともあります。
さらに、社会や集団の中で、良い人でいようと思えば、本当の自分を表に出せないこともあります。
自分の本当の思いで生きたくても、それを曲げることが多いですね。
しかし、自分を曲げると、いつの日か、その因果が巡り、どこかで辛い思いをします。
だから、どんな場面でも自分軸を持って自分を生きたいですね!
それを教えてくれたのが、今回の旅で遭遇した戦国武将たちの生き方でした。