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【アセンション2018】鎌のパワーで邪気を刈り取れ!鎌倉の浄妙寺&鎌足稲荷で感じたこと

      2018/09/29

愛する輝く貴方へ
Mariです。

鎌倉にある浄妙寺&鎌足稲荷社に行ってきました。


皆さん、鎌倉という地名の由来はご存じですか?!
あまり知られていませんが、鎌倉の浄妙寺には、鎌倉の由来の伝承が残っています。
浄明寺境内にある、鎌足稲荷社に行くと、看板に鎌倉の地名の由来が書かれていました。


それによると、鎌倉というのは、藤原鎌足が鎌槍を奉納した場所に由来があるとの事です。
私も、鎌倉と藤原鎌足が繋がり、更には地名の由来がそこにあることを知って、少し驚きました。
鎌倉の地名の由来を知った経緯について、少し詳しくお話しますね。

鎌倉は、皆さんもご存知のとおり、1192年鎌倉幕府によって栄えた、源頼朝のゆかりの地です。

また、鎌倉の浄妙寺は藤原鎌足ともゆかりのある場所なのです。
藤原鎌足は、中大兄皇子(天智天皇)と一緒に、大化の改新を成し遂げた人物です。
そして、藤原氏の始祖でもあります。
私の中でも、以前からとても気になる人物でした。

鎌足という名前は、生まれたときに白い狐が現れ、鎌足の足元に
鎌槍置いたので『鎌足』という名前になったそうです。
大化の改新の後、鎌足が茨城の鹿島神宮に向かう途中、鎌倉で宿泊した時に、不思議な夢を見たそうです。

老人が現れ『授けた鎌槍を、この地に奉納すれば天下はよく治まる』と言ったそうです。

そして、白い狐が鎌槍を埋める場所まで案内したそうです。

鎌槍を埋めた場所は、色々な説がありますが、

浄妙寺の本堂の裏山ではないかと言われています。
裏山には『鎌足稲荷社』が鎮座しており、

そして、この稲荷社こそが鎌倉の地名の由来の場所なのです。

鎌足が鎌槍を奉納した事から『鎌倉』という地名になったそうです。

浄妙寺の右脇の道を通り、右折し階段を上がって行くと、波動が変わっていきます。
一段一段、階段を上がるごとに神域に入っていくのが分かります。

古い木の鳥居の前まで行くと、鳥居から稲荷社に向かって太陽の光が降りていて、地面が黄金に光り輝いていました。

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お社をお参りすると、更に強烈な邪気を刈り取る鎌のエネルギーが降りてきました。

 

私はそのエネルギーを感じたところ、鎌足が持っていた鎌は、不安、心配心、欲心などの邪気を刈り取る鎌だったのではないかと感じました。

藤原鎌足が、大化の改新を成し遂げたのは、この鎌のエネルギーを使い、不安、心配心、自分のエゴを刈りとり、宇宙のサポートを受けることが出来たので、大化の改新を成し遂げる事が出来たのだと思います。
ここからは、私の推測が少し入りますが、藤原鎌足の魂を担いで生まれてきたのが、鎌倉幕府を開いた源頼朝だと感じました。
源頼朝は、鎌足が奉納した鎌のエネルギーを使ったので、鎌倉幕府を開くが出来たと思います。鎌足の大化の改新と源頼朝の鎌倉幕府の成立には共通するものがあります。
それが、鎌に隠された宇宙のエネルギーだと思いました。鎌は邪気を祓うという力を秘めていて、藤原鎌足も源頼朝もそのパワーを利用したんだと思います。
更に、話を掘り下げていくと、藤原鎌足は、大津京の天智天皇と共に大祓祝詞に関与した人物です。大祓祝詞の文面をみると、鎌の事が書かれています。

『千座の置座に置足はして天津菅麻を本刈り断ち末刈り切りて八針に取裂きて天津祝詞の太祝詞事を宣れ。』

そこには、まさに心配心や不安を手放して、自分の本意を告げれば、希望が叶うと書かれています。

私は、浄妙寺の参拝で、この事に気づきました。凄く感銘をしました。

また、浄妙寺の本堂では、お参りした時に空を見上げると、上空には龍雲が現れ、数頭の龍神が舞っているように感じました。

きっと、龍神様が導いて下さり、この事に気づかせてくれたのだと思います。鎌倉の神社仏閣巡りは、日本の歴史の真相を探る、興味深い旅となりました。とても楽しかったです。
また機会があれば鎌倉を訪れたいと思います。

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